アリソン・エルドリッジは3歳の時、母親でピアニストの秋元彬江からピアノの手ほどきを受け、9歳でチェロに転向、そのわずか6ヶ月後にコンクールで優勝を果たした。
 ジュリアード音楽院に進学し、ハーヴィー・シャピロ、フェリックス・ガリミアの各氏に師事。1989年にはアメリカで最も高名な音楽賞であるエイブリー・フィッシャー賞を弱冠18歳で受賞した。
 幼少の頃より、アメリカ合衆国、ヨーロッパ、極東、南アメリカ等の主要都市で演奏を行っている。オーケストラとの共演では、ズービン・メータ指揮ニューヨーク・フィルを始めとして、ダニエル・バレンボイム指揮シカゴ響、アンドレ・プレヴィン指揮ロサンジェルス・フィル、レナード・スラトキン指揮セントルイス響、シャルル・デュトワ指揮モントリオール響など数多くの著名な指揮者や、オーケストラとの協演を行っている。他にもサー・ネヴィル・マリナー指揮、アカデミー室内管とのイギリス国内ツアーも行なった。ウラディミール・スピヴァコフ指揮、モスクワ・ヴィルトゥオーゾ室内管とのロシア・ツアーでは、モスクワ音楽院大ホールでのガラ・コンサートが全ロシアにテレビ放映された。また、レーガン大統領夫妻に招かれホワイトハウスで演奏したこともある。

 最近の主な活動としては、1998年、オランダのハーグ・フィルハーモニーにおいてスピヴァコフ(ヴァイオリン)とブラームスの2重協奏曲を演奏。1999年にはプエルトリコでのカザルス・フェスティバルにメイン・ソリストとして招かれ、いずれも大成功を収めている。バレンボイム指揮シカゴ響定期演奏会に出演した際にアリソンは、バレンボイムより亡きデュプレのチェロを貸与され演奏した。シカゴ・トリビューン紙はその時の演奏会の模様を報じる中で「注目すべき天賦の才能を持つ音楽家」と絶賛した。深く心に浸み入る音色と楽器を意のままに操るテクニックを持って世界の聴衆を魅了してきた。また、1995年ペンデレツキ指揮、ワルシャワ・シンフォニエッタのソリストとしてカーネギーホールにデビューしたとき、「聴衆を集中させ、心を強く動かした」音楽家であると熱烈に紹介されている。
 近年では室内楽の分野でも数多くの異なったアーティストとステージを共にしており、最近ではアンドレ・プレヴィン(ピアノ)、ジョシュア・ベル(ヴァイオリン)とのトリオが大好評を博した。
 日本には1988年9月、東京サントリーホールにてヴィヴァルディ作曲「 2台のチェロのための協奏曲」(ヨーヨー・マとの共演)でデビュー、同月大阪ザ・シンフォニーホールにてリサイタル・デビューを果たした。前回2000年に5度目の来日を果たし、ストラディバリウスを使用してのリサイタルは好評を博した。この来日に併せて日本コロムビアから「ロマンス」「恋していたら」の2枚のCDが発売され、好評を得ている。